| クレマティスが咲きました。天国計画。2006/11/11 時々名前を尋ねられることのある、クレマティス、シルホーサ。垂れ下がる形からジングルベルという別名もあります。我が家の門のアーチに絡まっている蔓草です。夏の間は少し枯れて、冬咲きの品種なのですが、今年は咲くのが昨年より早い。幾らか寒いのかしら。 東京のマンション住まいだった我が家。狭いベランダには鉢だらけでした。茅ヶ崎で小さな庭のある今の住まいと仕事場を手に入れた時、それは理想的なものだったせいか、結構な責任感を感じました。「神さまからの預かりもの」みたいな気持ち。そこでこの家と庭を天国のようにしよう!と決めたのが庭仕事の始まり。名付けて「天国計画」です。自分イメージの天国だから、多分ちょっと野性的なキライはありますが、まず植えたグループのひとつがこのクレマティスでした。 冬に咲く花は多くありません。これは冬に咲いて、その後はかわいい綿毛が残ります。アーチの反対は蔓バラ。交代のように咲いて楽しませてくれる予定なのです。 | ![]() |
![]() | カラスは賢いのです。 2006/11/6 青い空と穏やかな海がきれいな四国。定休日にちょっとした旅をした際のショットです。東京に住んでいた時、カラスは嫌われ者でした。東京都では私や犬達がよく行く清澄公園に畳み6畳くらいのカラス捕獲箱みたいなものを作ってあった。 いかにもカラスを知らない人がやることだなぁと冷ややかに見ていたのですが、案の定そんなものに捕獲されるカラスは一羽もいなかった。がんばれ、カラス。勝手に野山を切り崩して寝場所と食べ物を奪っておいて、退治もないだろーと思うのですが。生き物は簡単に消去したり、必要なだけ配置したりできるものではない。 さて、カラスは賢いのです。賢さは想像以上。普通に引き算はできるというデータもあります。モクと亡くなったレインは至近距離で「わん!」と吠え声を(カラスに)真似されてからかわれ、ものすごく怒っておりました。怒ったけど、カラスの勝ち。ぴょんと跳ねて「ハハハ!」といなくなってしまった。 もうひとつの出来事は、ゴミ荒らし。カラスの得意というか生存手段なのだと思いますが、そのゴミ荒らしを犬達と私が「コラー!ワンワン!」と叱った時のこと。しばらく経って友人がやって来て「ねぇ、駐車場すごいことになってるよ。」と教えてくれました。家の前に出ると我が家の駐車スペースに45Lのゴミ袋を3つばかり運び込んで(!)中身をご丁寧に広げていたのでした。散らかしているのは駐車スペースの中に限定されていたのです。 とっさにカラスの「報復」に気づいた私は、電線に横一列に並んでこちらを見下ろしているカラス数羽に向かって、ぺこりと頭を下げた。でなければ、どうなっていたでしょう。頭を下げている私を尻目に一羽、また一羽と飛び立って行きました。あ〜、カラスはもしかしたら「仕返し」をするくらい、つまり日本の東にある大国のヒト科と同じ程度には賢いかも知れないですよ。 |
この方は「カナヘビ」とのことでした。 暑くなると活発になるらしい。BBSへお手紙をくれて教えてくださったモトコさん、ありがとうございます。 この画像は評判がよろしくなく、端が切れているためすご〜く長い生き物のように思える、という別のご意見もありました。むーん。人間って「擬人化」できないものを嫌うのですってね?つまり人間っぽくないもの。分かり合いにくいということなのでしょうか。シンパシーを感じないんだなー、きっと。私だってぞくっとする。知らないということは、恐怖に繋がるのかも知れません。 しかし、知らないという理由で嫌うというのは、大いばりで無知を振りまくようでどうも恥ずかしい。しばらく飼っていたというモトコさんの小さな息子くん、えらいです。 |
| 誰ですか? 2006/06/27 ちょっと急がし過ぎて心がわさわさする日、ゴミを出しに出た帰りに見つけたお客さん。我が家のプライベートな門のそばにいました。 あれ?いつもいるヤモリさん達とちょっと違う。もっと鋭い感じです。これはトカゲ?カナヘビ?体長はあまり長くなくて10cm位です。シッポはそう細くなっておらず、ずんぐりめ。むむむ。トカゲにしたらスタイル悪いよ。やっぱり図鑑ってもの必要かもしれない、と思ったのでした。 先週は犬と朝の散歩の途中の南湖の住宅街でなんとアオダイショウを発見。お腹のところが少し膨れていて出産間近だったのだろうか?たくさんの小蛇が生まれることを考えると少し恐ろしいけれど、そのアオダイショウは確かにやや苦し気で生け垣の中の湿気のあるところに行きたいようだったのです。犬達を待たせて私はずいぶん長い事見ていたのだけど。 実は原宿のカロカロハウスにはアオダイショウが住んでいたのですよ。 | ![]() |
![]() | びっくりなさる方が多いと思うけれど、長い夏休みが終わってちょっと様子見に立寄った空のギャラリーの二階の梁のところにいました。くっと鎌首(頭というよりぴったりだなー)持ち上げていた。私はアオダイショウはどうしても女性に見えてしまう。美人でした。 そのアオダイショウはお隣の福田さんが軍手で掴んで遠くに捨てに行ってしまったのです。それ以来ネズミに悩まされる日々が始まったというのは蛇さんが役に立っていてくれたということなのでしょうね。 やっと撮れた!baby-swallow 2006/06/19 かわいいでしょう?!顔の幅いっぱいの嘴。食べるのが仕事の時代の彼らです。そのままコミックになりそうなナイスキャラ。口を結んでいる時も、また笑える黄色い一本線。暗くてもぴっかり目立つのです。 この文章を書くのに「Swallow」のスペルを調べたら、「飲み込む」という意味が先頭にあって、なるほどーと納得。運んでもらったごはんを飲み込んで飲み込んで、ぽやぽやっとしたグレイの毛がつばめらしい色艶になる少し前に飛んでいってしまいました。まだ、早過ぎるよー、と思った大雨の日でした。 ちょうどギャラリーの初日だったあかしさんから伺った話では、カラスの攻撃を避けるために、旅立ちは敢えて嵐のような天候を選ぶのだとか。来年もまた来て欲しいな。 |
| 猫と犬の世話が出来るスタッフ募集 2006/05/12 我が家でイタリアンのケータリングでパーティをしました。(とても美味しいので知りたい方はメールをください)そのシェフの方のご依頼で、多勢の犬と猫達の世話をしてくださるスタッフをさがしています。 夜の時間帯なので、できる方が限られてしまうとは思うけど、たくさんの犬猫との毎日のふれあいが仕事になる、動物の好きな方にはよさそうな職業です。勤務地は平塚の茅ヶ崎寄りで、車での通勤もOK。ただし、煙草を吸わない50歳くらいまでの健康な方が先方の希望です。興味のある方は時間帯や待遇その他、電話で連絡してみてください。 太田さん 電話080-5456-8040。非通知だと出られません。 | ![]() |
![]() | やってきました!つばめ夫妻 2006/05/08 まるで演歌のようなタイトルですが、いろんなことがあった後だったからとても待ち遠しかった。5月5日の松井清さんの個展初日につがいで乗り込んで来られました。前日、搬入している横でちょこちょこと下見。毎朝彼らの鳴き声がするのがうれしい一日の幕開けです。 ![]() 季節ってちゃんと巡っています。中庭のトネリコばかり が目について尋ねられることが多いのですが、その 足元にはひっそりと顔を覗かせたものがいます。 それはつんと出たギボウシと画像の右端の草、タイツリ草。ギボウシは英名ホスタとも言い、夏の間だけ地上で 元気に暮らします。瑞々しい姿をしているので誰もが目 にしているはず。原産国は日本です。この頃シェードガ ーデン(日陰の庭)などに重用されているらしい。 たいつり草は大振りのスズランのような花を咲かせる草 だけど、やっぱり冬の間は地中で過ごし、春になるとお ずおずと出てくる。この「たいつり草」は我が家と一緒 に東京から引っ越してきて、そろそろ4歳になります。 |
| 更新ままならない日々に実は生き物ニュース 2006/04/15 昨年の秋、自分の初個展の初日だったから11月の半ば、すごーくショックな事件があった。 前向き前向きと思いつつも辛い日々の(その節はみなさんにご迷惑をかけたり、励ましをいただきました。感謝。)店を開ける私が中庭で目にしたのは、色のきれいな小さな鳥がうずくまっている姿だったのです。 ちょっと落ち込んでるどころじゃないわよ!インコさんが死にそう(に見えた)。 慌てて保護したのだけど、私も電車くん(当時のスタッフ)も鳥さんを飼った経験がない。どんな不都合でこんな場所にいるのだか、具合が悪いようだけど、程度はどんなもんだかが全然わからない。ひとまず飲み水とごはんだっ。犬達はこの小さなお客さんの存在を嗅ぎつけたらしく、飛びつきそうな勢い。隔離しないと危険だけど、何に入れたら不快じゃないのかしら?それでひとまず段ボールに入れました。記憶のある鳥屋さんに直行し、餌を確保。あっ、食べてる食べてる。「食べられれば大丈夫」というのが私自身のモットーなので、ちょっと安心して一晩を明かしたのでした。 その明くる日、いつも来て下さる鎌倉の小川さんが見えたのでした。小川さんとはナスマサタカさんの数回前の個展からのおつきあいです。まさか、鳥のことなんかご興味ないですよね?なんて聞いてみたら、とんでもなかった。ベテランだったのです。 小川さんは「ようむ」という大型の鳥を始め、数羽の鳥を飼っています。そしてこのインコさんを引き取って下さったのでした。偶然にもご主人のお誕生日とかで、なんだか妙なプレゼントではあります。嵐みたいだった一晩と数時間の後に、小川さん一家が救世主のようでした。名前も「ぴたん」と決まりました。 それから半年近く経った一昨日、小川さんが揃って来てくれました。それまでにも近況を教えていただいてたのだけど、最新ニュースでは「あんまり鳴かない、脱走したがる、よく食べる、そしてめちゃめちゃ元気」とのこと。そのユーモラス(な方なんですが)な表現に笑ってしまった。と、同時に我が家の嵐の始まりからもそんな時間が経ったのだなぁ、と感慨にふけったのです。 | ![]() |
| もうひとつのいのち 失意のどん底のような私に赤ちゃんができていたのです。7年前に妊娠して2ヶ月半で流産して以来妊娠の「に」の字もなかった47歳。妊娠するなんてこと、忘れていました。しかも、予定日はレインの誕生日と一緒でした。7月5日。 偶然ではない、そんな気がしました。天国からレインが何か伝えようとしているみたいでした。周囲の人達は新しいいのちの芽生えに大喜びしてくれる。12月の真ん中に切迫流産を一度起こした。まだ心配があるので慎重に、と言われました。ちょうど取材を申し込んでくださった雑誌社の方もこの高齢の妊娠に大喜び。赤ちゃんが生まれたら取材しましょう!と言ってくれました。でも事情があって、複雑な混乱した状態だった。言わばおとなの都合です。高齢なので染色体異常の発生率もぐんとあがるらしい。それでもいのちが関われば重大なことです。ぐらぐら揺れながらも最終的なことは決まっていた。引き受けないとね。そんな状態のまっただなか「異常のある赤ちゃんが生まれても、うーちゃんも一緒に引き受けるから。」と娘が胸をたたいてくれたのでした。つわりと眠気で店に出られない時間が多くなってしまったけれど、電車くんも「引き受けるしかないでしょう。来年は店の奥でフギャフギャ言ってるのかな。」と後押しのように応援してくれた。 |
![]() | どんな大人の都合より優先なのはいのちだ、それはわかり切ったことでした。 願いは叶う、というのが私の持論でもあります。夢を見よう、それだけでいいと「願う」ことに努力していた。赤ちゃんが生まれたら、こんなことをしよう、犬と出かけようと。娘と私、そして電車くんも多分そう。祈るように夢を紡ぎ出す、そのことに必死でした。 うんと辛い時、心が汚いもので埋まってしまいそうな時はきれいなものをたくさん取り入れるしかない。風景だったり、人の優しさだったり、犬達の無邪気さだったり。きれいなもので心を満たして、汚いもの、暗いものを追い出してしまおうと。幸いにも素敵なショップにいるのだし、いつでも展覧会は作家さんの力作が展示されています。寒い、曇り空の多い季節だったけど、がんばってがんばって、それぞれが夢を作ろうとしていました。 いのちの意味 そんな毎日に更に悲しいことを幾つか知らされる日がありました。不正出血が始まったのはその晩からでした。胎盤みたいなものがぽろぽろと出て行くのです。 |
| 不安で身動きができない。そんな数日の経った2月7日、Kalokalohouseが原宿にあった頃からのおつきあいだった染色の「うっしー」こと、うしだみのりさんが亡くなりました。まだ29歳でした。その突然の訃報を聞いて、駆けつけたい気持ちに赤ちゃんのためにブレーキをかけた。弔電で失礼したけれど、いのちのことを考えずには いられなかった。まだこれからの人だったのです。私は彼女の可能性がとても楽しみだった。kalokalohouseのホームページに彼女の個展の様子があります。その数日後、激しい痛みとともに赤ちゃんは満5ヶ月で死産して しまった。またもうひとつ、いのちは消えたのです。 24.5cmの小さな小さな女の子でした。手が夫にそっくりだった。心配した異常は少しも見られませんでした。 偶然はないのだ、と識者は言います。もし偶然がないのなら、なぜこの子はあんなタイミングで私のお腹に宿って、20週間を生きて亡くなったのだろう。20週間で亡くなる運命だったのなら、夫に、私に、娘に、何をもたらしたかったのだろう。何日もそれを考え続けた。妊娠5ヶ月に入った時「もう声も聴こえるのよ。」と言いました。するとそばにいた電車くんは「おーい、がんばれよ!」と言ってくれました。この子は父親の声は聞いた ことがない。しかし自分に向けた電車くんの声を聞いたのです。有り難くて涙が止まらなかった。 大人の都合のまっただ中で、でも「お母さんの私ひとりが心に天国を作れば、この子は無事に生まれる」と思っていました。それなのに、私にはできなかった。ばかです。こんなにいのちが儚いのに。この子の存在が確かにあったこと、そのことを忘れてはならない気がしました。名前を付けました。自己満足だけど。偏在からとって「あまね」。どこにでもいる、という意味です。 | ![]() |
![]() | 霊長類の仕事 生きるために食べるために動物は動物を殺すけれど、それは生態系の環です。地獄を作らない。嘘をつかない。 ヒトという動物は「大義」「経済」「名誉」「都合」で地獄をつくることがある。戦争もそう。環境破壊の最たるものの原因はヒトの心の中から始まります。心は強く温かく、そして冷たくて怖いものにもなる。心が変わると行動が変わる、行動が変わると習慣が変わる、習慣が変わると人生が変わる。先日、銀行で拾い読みしたどなたかのことば。素敵なことばだけどヒトが鬼にもなる、という意味でもある。その心の中身は外からはわからないんですね。 不幸をつくる時、その心の中には憎悪や被害者意識みたいなものが渦巻いているのだろうな。不幸を作る時、ヒトはその行為を正当化せずにはいられない。例えにこまらない最近の人災を思う時、その心の荒れを考えて暗澹たる気持ちになります。大きい報復戦争や小さい諍いにせよね。 「想像力、創造力」というものを持って長い寿命に恵まれたヒトという霊長類には他の動物にできないことができる。それを良いことに使う使命があるはず。その良きものは何だろうと思い続けています。 |
| 大切なものが増える 一昨年フランス人の大学生をホームステイでひと月受け入れました。毎日の暮らしというのはすごいもので、ひと月も経つ頃にはすっかり家族の一員になってしまった。Jeremyと言います。それ以来渡仏すると度々会っています。そうなると絶対フランスと戦争したくない。こうやって世界が大きな家族になっていくのが一番無理がなくていいなぁと思ったものでした。「茅ヶ崎国際交流協会」のお世話になったのですが、実は彼らの大きな目的もその辺りにあるらしい。 さて、もと捨て犬だったモクには脱走癖がありました。でも今はない。大切な家族と自分を共存させるために「自分」という世界が広がったのだと思います。好きなものや存在と自分とが対立してしまうことは、実際あります。その時「小さな自分」のままだったら、好きなものや存在が邪魔になる。いらない!と思ってしまうこともある。けれど好きなものも含めての自分だ、これを選んだ自分を生かしたい、というふうに考えることができれば「自分」は大きくなります。私は夫や子どもを持つことで大きくさせてもらったし、犬達と暮らすことでもそう。今年12歳になったモクが、とても知的に見えることがあります。なかなか器の大きい男じゃないの、モクさん。 | ![]() |
![]() | いのちの重さがわかる 庭に埋めたレインのお骨。その両脇にある遅咲きの桜が今日は開きそうに見えました。レイン、この経験を素敵に生かすからね。あんなに大好き同士だったレインと私と娘とモクです。きっと守ってくれるつもりなんでしょう?あまねちゃんもきっと一緒だね?アワも吠えるのはまだ直らないけど、お手ができるようになったよ。 さて、下のツバメのニュースから1年近く経ってしまったのですね。アワがやってきてからも、もう一年になる。今年もまた、ツバメの一家がやってきてくれるなら、いのちがけの巣づくりと巣立ちをほんとに心から応援したいと思います。 |
![]() |
ツバメの家族は6月30日に旅立ち?2005/07 通学途中の小学生達も楽しみにしていてくれたツバメ一家でした。6月30日に「やっと晴れたから写真を撮るぞ!」と決意して店を開けた私が見上げると、不在と書いてあるようなツバメの巣でした。 こういうの不思議とわかるのねー、と思った。いつだって頭が覗いていたのは親鳥がご飯を持ってくる時前後だったのに。誰もいない、というのは空気が違う。残念なことに写真が撮れなかった。来年、ご期待ください。 そもそも巣の制作が始まったのはPowaPowa展の搬入の木曜日でした。やっと散歩ができるようになったチビ犬のアワも一緒の帰り道、ドアのところを黒っぽい鳥が急旋回。おお!あれ忍法ツバメ返しだよ、モク、素早い技だねぇ、なんて話ながら家に入りました。 その後、ショップのドアの下に砂だの藁みたいなものだのが落ちていました。何だろう、これ?と思って上を見上げると、なんとツバメがショップの前のアーチの部分に巣を作リ始めたらしい。ツバメ夫妻(ちゃんと2羽で製作しています)もなかなか良く考えたと見えます。雨風は凌げるし、カラスもやってこない。中庭で一息つくこともできるし、多分食べ物(虫かな?)もいるしね。 |
| ツバメの家族史に関わってしまった。 5日間でできあがったツバメ宅。巣作りから巣立ちまでが5月19日から約一ヶ月と10日でした。 夕暮れ間近に一羽ツバメがショップに入り込んできてしまった日がありました。お客様も私もびっくり。当のツバメさんも驚いてパニック状態です。窓から出ようとして網戸に邪魔されたり。それでやっとこさっとこ出て行って(お詫びに?フンをレジに落としてくれて)一安心。その晩はドアを閉めました。定休日が終わって店を開けようとした朝、ギャラリーのドア付近に大きめのツバメが一羽冷たくなっていたのでした。どうしよう、と声にならない感情が湧いてきて、思い返すのだけれど、迷子のツバメはちゃんと出て行ったのです。その後、店中を確認して閉めたはず。そこで亡くなっていたツバメは、ひそかに後を追ってきたに違いありません。 それなのに子供ツバメにご飯を持って来る時、親鳥2羽が揃っているのを見ました。近くの電線を中継地点にしているのを見ると、もしかしたら3羽いたかも知れないのです。きっとだから、おじいちゃんとおばあちゃんが若夫婦を助けていたと思われるのです。 そして、もうひとつ。ショップのドアのところに斑の小さな卵のかけらが散乱していることが一度。あー、落っこちちゃったんだなぁ、と。命が育つのはそれこそ命がけなんだなぁ、としみじみ思ったのでした。 亡くなったツバメはレインのお骨と一緒に二本の桜の間に埋めました。レインは鳥さん好きだったから、仲良くしてくれるといいです。 | ![]() |
| 育つものが育っています。 4月の初めにやってきたアワ。3Kgの垂れ耳ちゃんだった。うれしいとおしっこを漏らしてしまう、小さくて華奢なイキモノでした。 それが約3ヶ月の間に激しい成長ぶり。先輩犬のモクの顔に登るわ、手の届くところの在庫は引っぱり出して齧るわ、傍若無人な振るまい。スタミナもある。一時はおしっこと散らかった齧り後の後片付けで髪を振り乱して育児のハードさをやっていた私です。 「こんなに元気で、成長目覚ましくって、しかもオレ達より先に死んじゃうんだもんなぁ。」という夫の一言で、そーだ、楽しもうね、アワ、という気持ちになりました。モクもチビ犬のいなし方を覚えたらしく、この頃とても仲良し。この違う大きさや種類の犬が仲良くしている様子を見るのがうれしくて、我が家はやっぱりアワをもらったのでした。 |
![]() |
美しいもの。2005/04 壁掛けの絵の有島一郎さんの「なかよきことはうつくしきかな」というのが私の育った家にありました。長いこと、見るともなく見ていて、ちっともピンとこなかった。 亡くなったレインと散歩に出かけていった清澄公園での事です。日曜日は親子連れがお弁当を食べたりする広場に、リードをはずしてもらった犬達が大小、色も様々なのが10匹近く駆け回っているのでした。ちょっとした諍いはあるのですが、みんな何とか折れ合って、足の早いのは追い付かないように、また引き離し過ぎないように上手に追いかけっこをするのです。ある組み合わせは取っ組み合いです。組んず、ほずれず、どちらが勝つという事なく続きます。 それをレインと一緒におずおず見ていて、ふと眠たくなるような平和を覚えたのです。 あー、これかなぁ、あの壁の絵に添えてあったことばは。とってもきれいに思えた。犬達は全身、喜びに満ちていたように思います。それからもちろん、そんな散歩はレインと私の日課のひとつになりました。 |
| モクは迷子犬でした。 モクを受け入れたのも、ペットショップ育ちのせいか、おずおずして中々みんなの遊びに参加できないレインがいたからかも知れません。東京のど真ん中を運転中にモクと会いました。 ひとりで国会議事堂前の大きな交差点を渡っていたのです。ひとまずそばにいたお巡りさんとふたりで保護して、家に連れて帰り迷子の飼い主探し。迷子犬としては届けがなく、その代わりに貰ってくださる方が見つかりました。けれど小学校3年生になるところだった娘の申し出でレインと一緒に我が家で暮らすことになりました。 行動範囲の狭い女の子犬のレインは、私達から10mも離れません。けれど、男の子犬のモクの活発なこと!どんな犬にも挨拶しようと近寄っていくし、顔がシャープなのでまず相手の飼い主さんが怖がってしまう。体重14kgの中型なのですが、行動が素早くて人間の比ではありませんでした。おまけに同じくらいのサイズの男の子犬と張り合うし。 食いしん坊でおっとりした動きの少ないものが犬とばかり思っていた私は目からうろこが落ちました。むむむ、犬って手強いぞぉ。 | ![]() |
| 成犬にできるの?躾って。 モクは番犬として飼われていたのだか、最初よく吠えました。犬の吠える声は爆発音なので、びっくりしたりもします。何より私が好きでありません。 犬という生き物は大好きな人にほめられるのが何よりの好物。犬の三大希望は「私を見て」「私に触って」「私を誉めて」らしい。人間の子供と変りませんね。この人に好かれたい、と思う関係がきちんと作れれば、後はびっくりする程簡単です。家の中で一緒にいると、吠えなくてはならないことがあまりない。人間もそこまで鈍感でも無関心でもありません。あっという間にスムースな暮らし方を覚えて、私達が買い物をしている間もおとなしく待っていることができるようになりました。 それでも迷子犬だったモクが、すっかり顔つきが変った頃のことをよく覚えています。きつさが取れてのんきな顔になりました。一緒に暮らして一年程経った頃です。これにはその頃一緒に暮らすことになった夫のおかげもだいぶあります。と、言うのも他の雄犬との力比べなどの男性でなければ理解が難しい行動を私と娘では制限してしまっていたらしい。「そうだよな、一発勝負してみたいよな。」という共感は夫によって初めて与えられたものかも知れないのです。 犬も経験によって様々なことを学びます。お客の多い我が家の暮らしにもすっかり慣れて、犬が苦手と言う人も「ここの家の犬達だけは平気」と言ってくださるまでになりました。 |
| 2匹の犬と暮らす 水が無いよ、と犬が人間の顔を見上げる、「あー、ごめんね。」と言って水をあげる。私の目標だった「目」や「鼻」の会話ができるのはうれしくて誇らしいことでもあります。 犬は幸せになるのが上手です。けしてあきらめない。そしていつでも楽しいことを夢見てる。精一杯楽しむことの天才だと思います。そして、いつでも調和する方法を教えてくれる先生です。夏の公園の飲み水でも、犬のひとは争うことをしない。うまいこと順繰りに飲みます。やれやれ、と言うため息が聞こえてくることもありますけれど。場所の交換も上手。すれ違う際に鼻でちょっと報告する、相手も「ふむ」というような感じです。レインとモク、どちらが上なのか最後まで人間の私達には不明でしたけど、仲良く暮らしていました。 特にレインはユーモアのセンスが素晴らしかった。人間では大人の男性でもかなわない。うれしい時はますますおおはしゃぎ、悲しい時は傍らにいてくれる、少しゆとりがありそうなら楽しいことをしてくれる。私は「楽しむこと」「夢見ること」を犬達に習っているような気がします。 | ![]() |
| それでもやっぱり生き物と暮らしたい レインが亡くなったのは、これ以上晴れ渡ることができないくらい晴れた3月のお彼岸の日です。その晴れ方も思い出すと悲しい。その朝京都から帰った娘がレインを看ていて、モクと私とだけで散歩にいったのでした。 レインとモクと暮らし始めた最初の頃決意した通り、私の膝で看取ることができたけれど、後悔は尽きない。思えば子供の頃から猫と暮らしていた。精一杯のものをあげて来たつもりなんだけれど、犬や猫からはあげるよりたくさんのものを貰って来たのです。あー、これは人間の子供もそうです。大体2才までに一生の親孝行は済んでしまうらしいけれど。その人間の子供はレインが亡くなった直後に、泣きながら「悲しいけれど、やっぱり犬と暮らすのはいい!絶対また飼おうねっ!」と言ったのでした。そうだ、生きてる時幸せで、死ぬ時も幸せなら、それは幸せな人生なんだ。と思いました。輝かせるぞ、自分を、みたいな気持ちでした。 |
| レインのこと。我が家の最初の看板犬、レイン 生まれつき股関節が悪くて、のっそりした食いしん坊で、そのゆっくりした動きのおかげでたくさんの方に愛されました。茅ヶ崎の海を目指して引っ越してきてから、ショップでホントにみなさんに可愛がって頂いた1年と7ヶ月。とりわけ小さい人によく撫でてもらいました。ありがとう。彼女は夏で11才になるところでした。そして、我が家で初めて、猫との暮らしの長かった私にとっても初めての犬でした。 がんこ本舗の「ペットにone」という商品をご存じですか?あそこに描かれているのは、レインとやっぱり2年程前に亡くなった猫のトロです。これは私が描いたイラスト。うーん、ふたりともボトルになっちゃったなぁ、とトロの飼い主と話すのですが、小動物の人生は短い。覚悟の上ではあるのです。でも、人間のひとも人生は大切。大きな目標を達成するには、けして長いとは言えません。つまらない争いごとなんかしている暇はないよね?寿命というものが短い犬猫と暮らしていると、そんなことより、霊長類がするべきことっていうのが特別にあるんじゃないか、という気がしてくるのです。 もう20年位前、ロンドンの知り合いがゴールデンと室内で暮らしているところをお邪魔したことがあります。彼等の居間にその犬はいました。犬というものに慣れていなかった私がちょっと怯えると、飼い主は「ちょっと向こうにいってて。」と犬に頼みました。すると、「わかったよ。」という感じで彼は他の部屋に行ったのでした。この間に交わされたのは英語=人間のことばで、犬は鼻で「ふむ」と言う感じです。当時は東京では犬は吠えるのが当然のような生き物でした。私はこのやりとりにすっかり感心して、以来このように犬と暮らしたい、と考えるようになりました。 幾つか動物学の本を読みました。そして、丸谷才一さんだったと思うのだけれど、「犬は人間の中で暮らさないと犬以上のものにならない」と言う文章を読みました。よぉし、犬を飼うぞぉ。そして素晴らしい友情を作ろうではないか!と決意してしばらくの時が経ちました。 本当に切実に、いつでも寄り添ってくれる友だちのような犬が欲しい、と思うようになった時娘は小学校一年生になっていました。そして、出かけたイベント会場にやや売れ残りっぽく存在していたのが股関節の悪いレインだったのです。 | ![]() |
![]() | そして猫には子育てを教わった。2005/08 犬にいまだに毎日「幸せになる方法」を教わっている私は、実はずいぶん前に猫に子育てを教わったのです。小さい時から猫と暮らしていた私は、猫の出産と子育てを都合2回見ています。特に優れていたお母さんは「ニケ」でした。 ごはん、おしっこ、うんち、鼠を追い詰める、鳥を取る、よその猫との対処、犬との対処、およそこの位の猫としての知恵をニケは一体どうやって子猫に教えるのだろう?そう思っていた私。その答えは「見ること」だったのです。つまり、ニケは子猫をひたすら見ているのでした。 育児書などない猫の世界にあって、ニケは見事なタイミングで子猫に次のことを教えます。実際にやって見せるのですが、それは早過ぎても理解できないし、遅過ぎてもダメなようでした。実に絶妙なタイミングで、殆ど一度か二度やって見せるだけです。想像ですけれど、多分知恵を吸収する時って「やりたがっている」時なのかも知れないのです。それを見極める、その事の見事さに私は舌を巻きました。 |
![]() | ピカソも絵の上達のヒントは対象を「見る」ことに尽きる、と言っています。私は子育てに全く自信がなかったのでした。今でも「教える」ことってできない。やってみせることしかできない大人です。だからこそ、相手を見ることが大切な気がします。いつやってみせるか、その時間的な見極めがつかないと、じれったくなったり不安だったりでお母さんは子供に制限をかけることが多くなります。それは双方にストレスになる。私は教えることができないけれど、見ることはできる気がしました。。だから、私の子育ての先生は本ではなくてニケだったのです。 左の古い写真の端にいる鯖トラがニケ。ニケは勝利の女神「ニケタス=Nike」です。おばあちゃんになって孫猫と一緒にいるところです。私が20歳の頃です。右端の母猫はニケの子供のジニ。孫猫でニケと同じポーズをしているのはビーです。みんな亡くなってしまいました。 ほんとは柔軟体操も教わりました。 ニケは子猫を2匹産んだ。そして私はニケの柔らかな動きがとっても羨ましかった。エレガントなのです。着地も音を立てない。 いつの間にか、私はニケの伸びを真似して、ヨガになっていたりしました。犬との暮らしが10年を越えた私はすっかり猫の柔軟体操を忘れています。いけない、いけない。まっしぐらでミステリーのない人になってしまう。気をつけないとね。 下右のサイトは我が家の新人犬「あわ」を見つけたサイト。地方別になっています。これから犬や猫と暮らそうと思っている方にお勧め。犬や猫のかわいさっていうのは血統や年に限りませんものね!しつけができても不完全でも、やっぱり家族になった生き物は格別。消されてしまう生命を掬いあげて10年余りという時間をぜひ分かち合ってください。 |
| 亀のお客さんとカエルのお隣さん 2005/08 そう言えば、昨年の春は亀のお客さんがあった。愛犬自慢みたいのはちょっと何だから。我が家と少なからず関わりのあった生き物についてのページにしようと思うのよ、なんて夫と話していて思い出しました。 アワが来たのと同じ、矢口加奈子さんの個展の最中だった。東京住まいの切り紙作家の彼女は、個展の期間中我が家にホームステイします。特に動物好きな彼女ではないのに、なぜか我が家に泊まっているとこんなことが連続してある。 この亀は水を入れた容器にひとまず保護したのだけど、抜け出してギャラリー中を自由に探検して回ったのでした。明日川に放つと決めたその晩、木村家一同プラス矢口さんは亀の待機しているお風呂場でシャワーを浴びた。亀が見ているかな?と、何度も顔を近くで確かめたりした。不思議な感じでした。次の日、平塚との境の川上に放ちました。元気にしているでしょうか。 実は生き物はもう一匹、亡くなったカエルがいたのです。告白みたいだけれど、どなたかが読んでくださると魂が成仏しそう。一昨年の夏の初め、私と娘が土を覆っていたベニヤ板を持ち上げた瞬間に発見!ぎゃぁっと叫んでしまった。それ以来、つかず離れずのおつきあいをしてきたはずなのに、隣地の駐車場でペタンコになっているのを一年後発見しました。おとなしくて、見つめるとフリーズしてしまう内気な(?)カエルでした。 他には我が家の小さな庭にはたくさんヤモリがいるようです。うん、蜘蛛もいて蜘蛛が苦手な夫を脅かしています。都会育ちだった私は、少しづつ小さな生き物に慣れてきたようです。 | ![]() |
| 3代の看板犬を目指すか?2005/08 犬よりもむしろ人間の人が好きだった初代看板犬レインは、お客様が大好きでした。ショップでは格好のお迎え役。眠くてもシッポだけはパッタパッタと挨拶していたのを覚えていてくださる方もあるかも知れません。 2代目のモクは少し臆病。大きな音や声が苦手です。いつも事務所の奥、机の下などにいます。けれど、実は可愛がられるのが大好き。お時間のある時、呼んでやって挨拶させてくださるとうれしいです。本人もやぶさかではありません。 右の写真は歴代ふうに撮った看板犬写真。ここに見習いにもなっていないアワが載るのはいったいいつだろう?今、マットやほうきと格闘中。この頃小さい人や大きな声を聞くと吠えます。しつけの道は永遠。あぎあぎと噛みますので小さい方はご注意。 | ![]() | ![]() |