せっけんって何だろう?

改訂版。このページを制作して約二年。少し改訂して約一年、最近知ったことを加えて3度目の改訂です。

contents

自分で作れるらしいけど...
せっけんの働きはどんなもの?
せっけんって環境にいいの?
優秀なせっけんってどんなものだろう?
お肌にやさしいせっけんってどんなもの?
使い方によって、よいものにも悪いものにも
pHについて考えてみる
天然と合成、その違いはどんなことなんだろう...?
合成は悪者?
いつ、どう使う?せっけん
何が悪い成分なんだろう?
何がよいものなんだろう?
サボンドマルセイユ
機械練り、枠練り
コールドプロセスって何?
液体せっけん
技術革新と自分革新
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自分で作れるらしいけど...

せっけんを人類が最初に知った話って割と有名ですね。 獲物を火で炙って食した後、そこに家畜がおシッコしたんだったか、前日の灰の上に獲物あぶった油が落ちたのだったか忘れたけど、とにかく油にアルカリがくっついた状態のものを川に持っていって水に浸けたら泡が出た!汚れが落ちやすい!これが人類のせっけんの発見とかって話。
そう。せっけんは誰でも作れます。油とアルカリさえあれば。子供用のおもちゃで「せっけんコロジー」というのが一時ありました。娘が小学生の頃だから10年位前かな。使った油で作るものでパウダー状になったアルカリ物質が入っていました。 通常は苛性ソーダというアルカリを使います。これはちょっと取り扱い注意なものだけども。それに主原料となる油がそのせっけんの基本の性質を決めるので、いろいろなオイルが選ばれていますね。 これは野菜を天ぷらにするようなものと言っていいかも。つまり取り扱いに注意が必要な天ぷら油を使う。それも影響するけれど、にんじんは天ぷらにしてもにんじんであるような感じ。液体が固体に変化するわけで化学反応を起こさせるわけですが、ちょうどお料理くらいな化学反応と言えるかも知れない。実際、自分の家で使うせっけんは手作りしている地域がまだ外国にあるようです。牛脂、オリーブ、ヤシ、ココナッツ、アーモンド、ゴマなどなど、主原料もお料理みたいですね。自分でお作りになる方に楽しい本があります。前田京子さんの「お風呂の愉しみ」飛鳥新社刊。楽しくてきれいで思わずやりたくなる!この方の他のレシピ本も出ています。
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せっけんの働きはどんなもの?

せっけんは汚れを落とすもの、と認識されています。それはどんなふうに?いったいなぜ汚れが落ちるのかな、と思ったことありませんか?
せっけんは油でできているのは前述の通り。だから油でできているものを落とします。セロテープやガムテープの粘着を同じガムテープがよく拾ってくっつけて取ること、ご存じの方は多いはず。やったことありますよね?これってつまり同じ物質の同じ分子構造をもったものって仲良しなんですね。だからつられてとれちゃう。ストレートに「界面活性剤」ということばを使うのが一番かも知れません。界面の界は境界の界です。その物質のフチね。そこでその物質が終わっているところ。そこを活性化(変化させやすくすること)する作用があります。そして布や肌についた汚れのなかでも油性のものや油に溶け込んでいるものをぐにゃぐにゃにする。そこにこする、などの物理的な力が加わって落ちるというしくみです。
あっ!とここで察しのいい方は気付くと思うのですが、油が無関係な汚れはせっけんがいらないの?ということ。答えはイエス。不要なのです。さっと水洗いしたり、水の中でこすったり、付着しているだけならもっとシンプルにはたいたりしただけで落ちます。ですが、たいていの汚れは油と全くの無関係ではありませんね。だからせっけんを使うことが多いのです。でも、要らないこともあると覚えていると暮らしがちょっとシンプルになります。
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せっけんって環境にいいの?

せっけんは環境負荷が少ない、と私も思っておりました。事実、以前はオーガニックコットンのベビー服を作るのを生業にしていたので、せっけんをみなさんにお勧めしてきました。当然我が家でも長いことせっけんを洗濯に使っていました。手で洗うでも「せっけんでは解決できない問題」があります。その問題とは「せっけんカス=金属せっけん」と「分解されない油」のことでした。ちょっとお風呂の洗面器のふかふかしたヤツ、思い浮かべて下さい。あれは垢が落ちたのだ!とずっと思っていたのだけど、すごい量です。実はせっけんが水中のミネラルと結合してできた金属せっけん=せっけんカスなのです。あのせっけんカスはいわゆる「ヘドロ」になる。難水溶性物質といいます。水に溶けにくい物質ね。
その頃の私は「環境に悪くないならじゃんじゃん使っていいのだ」位に考えていました。「使わない」ことが一番で、よりマシなものを最低限使うべきだ、ということ、量と質は常に同時に考えなくちゃならないことがわかってなかったのです。
環境汚染はヒトの進化と平行線をたどっています。地球という容れ物にヒトという種が繁栄し過ぎてしまった。どんな生き物にも天敵があって、一定以上増えないのですが、ヒト科だけは天敵を次々に解決して撲滅してきたのです。
そしてそのヒト科種がいろいろ変わった物質を作り出してはそこいらに置きっぱなしにするために、土と水に戻す分解の速度がとっても大事になってしまったのですね。土と水に戻ることを「生分解」と呼びます。現代ではこの生分解のパーセンテージ、速度が「環境への負荷の多少」の判断基準になります。 そしてせっけんは生分解します。
だからイコール環境にいいのか、というと、それはナイ。人が生きていく限り環境は汚染せざるを得ないのです。より豊かに、より快適に、を目指すのが業みたいなものだから。だからスタートラインは「環境にそう悪くない」ことを目指すしかないのですね。

洗濯、せっけんと合成洗剤なら、せっけんがいい?

もう、そんな厳しいことをいわないレベルで、せっけんは合成洗剤よりマシなんでしょ?と思うかも知れません。
環境への負荷は先に書いた「生分解性」が答えです。せっけんであろうと、合成洗剤であろうと、両方混じった複合せっけんであろうと、分解が早ければ早い程いい。他に分解できないお土産を残さない分、せっけんより合成洗剤の分解の早いものの方がいい。
せっけんをより良く使うならせっけん水を下水に流さず、庭に撒いたりすると、問題のせっけんカスがむしろ栄養になります。水の中では「富栄養化」と言って、バクテリアが分解できない濃さになってしまう問題も肥料としては最適。こうして使い切るのが最良。洗浄力の充分あるものなら、二層式洗濯機で洗濯液を使い回すのが一番いい。つまり「使い倒す」のがいいのです。
未だに合成洗剤の害が書かれた本が売られていますが、その殆どは1978年から1991年の間に夥しく初版されたもの。そして今でも当時の知識レベルのまま出版され、読まれているのですね。売れる本はそのまま版を重ねて刷られて売られる。出版というのも商売。売れない本は出版されにくい。そして、「買ってはいけない」とか「危険!」とかいう本は売れる。警告やネガティブな脅しに弱い人は多いのでしょうね。
洗剤の害が声高に叫ばれたのは随分前、およそ30年から25年位前ですね。私は高校生でした。両親は「命と環境を守る会」という小さな団体を結成し、合成洗剤追放!みたいなことやったり、区役所に陳情にいったりしておりました。若い方には想像も付かないと思うけれど、急に工業化に突っ走った日本のあちこちでは実際に公害が頻繁に起こって、民間が公害反対に活気を呈していたのです。

化学を志した人々の約30年間の研究成果はどこへ?

資源に限りがある地球の中で多くの人々に清潔な暮らしを提供しようとすれば、化学は解決の糸口でもあります。ひとつのヤシの実からせっけんが10個できるとしたら、化学の力を持ってすればひとつのヤシの実から400個の合成洗剤を作ることができます。つまり40倍です。
民間の追放運動に耐えて、でも、自分たちの努力がよいものをもたらすと信じて一筋に研究してきた人達が必ずいるはずです。その努力が一般的に知られるチャンスはあまりないのでしょうか。それともこれからがそんな研究に日の当たる時代になるのでしょうか。合成洗剤だけが30年前と同じわけがありません。化学も含めて科学の発展の方向性はともかく、現在の合成洗剤はどうなってるのか?生分解速度はどうなのか?
これってあきらかにされてる本が多くはありません。現在の合成洗剤、合成界面活性剤についてほとんど知識がないのだ、と認めた上で考えないといけないと思います。せっけん洗剤100の知識一応、合成洗剤の優れたものを紹介している本があると聞きましたのでご紹介しておきます。大矢勝著「合成洗剤と環境問題」大学教育出版刊、大矢勝著「合成洗剤は本当に有害なのか」オーエス出版社刊、左巻健男監修「せっけん、洗剤100の知識」東京書籍刊。

公害の問題にしろ、皮膚疾患の問題にしろ、「考えてみる」機会を与えられたと思うのはどうでしょう。誰かのメッセージにふわふわと浮かれて鵜呑みにした挙げ句、駄目だった、信用できないと後から怒ったりするより、自分で考えて決めるという自由を楽しむためには、もしかしたらよいチャンスなのかも知れません。私が考えて導き出した結論は、洗濯は「生分解性」と「洗浄力」を重視して合成を採用することにしました。
せっけんは大好きだけれど、やれオリーブがいいの、ヤシがいいの、ココナッツがいいのと言って使っていると、その原産地の人々は地元でたくさん収穫できるのに使えないもの、使えない価格になってしまう。どれも日本で育たない植物です。せっかく40個「モノが洗える洗浄グッズ」ができるのに1個だけしかできない方法というのは、なんだかこれは贅沢!なことは間違いない。それで私はその上等の品は主に洗顔やお風呂に使っています。 さて、みなさんはどうお考えになるでしょう?
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優秀なせっけんってどんなものだろう?

せっけんがそもそも油汚れを落とすためにできていることを考えると、よく汚れを落とすせっけんこそ優れたせっけんってわけじゃないの?と、当然考えますね。もちろんこれはイエス。よく汚れを落とすせっけんは優秀ですね。洗濯によく使われて、今でもスーパーマーケットで見かけることがある固形のもの、粉のもの、液体のものがあります。 液体よりも固形や粉体の方がせっけん分(界面活性剤)の量が多いので汚れをよく落とします。
この汚れ落とし力とは別に「お肌にやさしい」「潤いを残す」といったせっけんの類いは大体洗顔や入浴に向けて作られているものですね。花ちょっと、待って、せっけんをなぜ洗濯用と入浴用とふたつに分けるの?と聞きたくなるかも知れない。
入浴や洗顔に使うものはかつては化粧せっけん、現在では「洗浄用化粧品」という表現になっているものです。そして他の化粧品と共に厚生労働省の認可下にあるもの。洗濯用は「洗濯せっけん」で家庭用品として経済産業省の認可下にあり管轄が違う。分けて考えないといけないのですね。汚れ落ち力を重視したものと、潤い分や香りを楽しむものと分けて考えるのが目安になります。
まず洗濯から見て行きましょう。
洗濯用に優秀なものは汚れ落としの力が強く、生分解性が高いのがいいと言えると思います。洗剤やせっけんの裏側に「せっけん分」「活性剤」「炭酸塩」などと表記してあると思います。カタカナの名前も多いです。せっけん分とはすなわち界面活性剤量(合成の場合は直接界面活性剤と書かれています。)で、その他のものは助剤と呼ばれて界面活性剤の働きを助けるものや酸化防止剤が多いです。助剤が入ってるから純粋でない、とは言えません。また、せっけんとして助材が無い方が優れているとも言えない。使うからには、「よく汚れが落ちる」ものが優秀なものです。そして、余分なものを使わないで済むために、手触りなどの仕上がり感も重要な点です。
さて、入浴や洗顔に使う化粧せっけんについてはどうでしょう?

お肌にやさしいせっけんってどんなもの?

糸杉やさしいせっけんが求められているのはショップにいると実感します。そこで思い出すのが谷崎潤一郎(だったと思うけど不確か。川端康成かも)の小説中、お嬢さんが「最近巷で話題になっているせっけんというもの」を使いたがるのだけど、肌に良くないというので女中さんがせっせと卵のカラを擂り鉢で細かく摺る。それを米糠と混ぜて袋にして入浴に使う、というシーン。卵のカラはスクラブ効果で適度な油分とビタミンEの含有量が多い米糠は昔から愛用されてきた洗浄剤です。もうひとつ、芸者さんが「せっけんは肌を荒らすから」使用を禁止されているが、よい香りに惹かれて使いたがる、というもの。
そうです。日本人が肌にせっけんなるものを使うようになってまだ数十年。民族的な経験が少ないのです。そして白人種と比べて黄色人種の角質層は三分の一という薄さなのです。だから冬場の乾燥なんかは洗い過ぎも多いのではないかと簡単に想像できる。
うんと簡単に言ってしまうと、汚れを落とす機能とやさしさ、潤いを残す機能は同居しにくい。 この辺、混同しやすいけれど、「やさしいせっけん」は身体や顔に使うせっけんという前提で書きます。
洗濯用のせっけんではせっけんの製造段階で生まれる「グリセリン」という物質を取り出すことが多い。
なめるとほんのり甘く、べたべたした透明の液体です。これは薬局で売っています。昭和30年代生まれの私が育った頃は重曹=炭酸ナトリウムと並んで一般的でした。医家だった我が家ではくちびるの荒れ止めに使ったりしていました。化粧品の原材料として有効に使われるので、抽出して原料にされます。また幾らかは抽出しないとちょっとゼリーに似た感じのとろとろがせっけんの回りを覆って「溶けたもの」と間違われやすい損な見た目を持っています。
化粧品としてのせっけんは、グリセリンを取り除いた後、適量を添加したり、取り除かなかったり、更にプラスされたり、別の保湿成分が添加されたり。保湿力を持たせるために各社が研鑽を積むところです。
そしてお肌にやさしい、という主題には保湿ともうひとつ別の目安があって、「肌を荒らさない」ということ。
ところが、せっけんにはこれが元来とっても難しいことなんです。ここまで読んでくださったらわかるかな?汚れを落とす、ということは物質のフチをグニャグニャにして油をお土産にくっつけてくるわけですから。必要な皮脂も取るのがせっけんというものなのです。お肌にやさしいせっけんを求めるなら、せっけんを使う量、数を減らした方がいいかも知れないのです。
せっけんには油汚れととっておきたい皮脂との区別はつきません。こそこで肌を荒らさないためには汚れを落とす力を弱めるということが必要になってきます。 では、お肌にやさしいせっけんは汚れを落とす力が優れていないのか、という素朴な疑問が生まれます。化粧品屋さんにたずねると、答えはイエス。せっけん屋さんにたずねると、そんなことはない、ということが多いです。つまりせっけん屋さんは添加した保湿成分で補うから、ということなのだと思います。うーん、どっちがホント?洗顔のあの1分間程の間に、しかも泡立ててこするというひとつの作業工程の中で、まず汚れだけが落ちて、その後潤いを補うことができるのかな?もしかしたら、しっかり汚れを落として、しかる後にしっかりと保湿をした方がいいのでは?あるいはあんまり脂って落とさなくても問題ないのでは?
めんどくさがりやに適した結論として、私はあんまり落とさなくていい方を採用しています。
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使い方によって、よいものにも悪いものにも

さて、我が家にある1955年刊行の「それいゆ」に資生堂美容研究所の高賀富士子さんのコラムがあります。この方にお断りすることができなくて、気が引けますが、お元気でご存命でしょうか。ちょっと引用してみます。高賀さんの記事化粧品の功罪というタイトルで、
石鹸の特色/脂肪にアルカリを作用させて鹸化させ、そのうちから、よい石鹸分だけを何回も分けとって出来上がったのが石鹸です。どんなによい石鹸でも、水に溶けた時は、アルカリ性を呈するのが本当で、それで汚れも落ちる。
上手な使い方/石鹸水のアルカリ性を云々することのナンセンスは、石鹸の在り方を一寸考えれば解ること。上手に使うのは、とに角、肌を充分にしめして、垢を浮かすというか、ふやかして石鹸をつけることで、皮膚面から垢がすぐ落ち去るように工夫すること。入浴も一度体を湯舟に浸した方がよいことになる。充分に泡立てて、掌で泡を体につけてもよいし、柔らかいスポンヂで、生毛の生えている方向に向かって洗ってもよい。之で充分落ちるのです。(原文のまま)

この下の欄に下手な使い方が載っていて、洗浄力を押さえるためにオリーブ油や蜂蜜を加えたものがあり、せっかくのその親切もゴシゴシこすった後に使ったりする人がいる、と。それはせっけんの罪ではなく、使用上の誤りと指摘してあります。うーん、明解であります。今を去ること約50年。こんなにちゃーんと指導されていたのですね。
余談ですが、この雑誌は他にも翌1956年に「洗濯の方法」が掲載されています。洗濯用の器具の説明、電気洗濯機の説明、洗剤、せっけん、順序、洗い方、洗い方の注意、すすぎと絞り、漂白、糊つけ、乾燥まで全て2〜4段に分けて説明があります。ていねいに暮らしを明け暮れている時代の感じが素敵です。
私達ってやっぱり忙しすぎるのかしら、と思ってしまう。この「それいゆ」は古いものでなく、復刻版を河口湖畔にある「中原淳一美術館」で入手したもの。その視線の細やかさ、優しさはグラフィックの楽しさとおしゃれさと共におすすめです。
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pHについて考えてみる

それいゆ さて、もうひとつ、肌にやさしいということでは水素イオン濃度の問題があります。pH(ペーハー)ですね。肌への刺激と言いかえた方がより正確。
通常肌は弱酸性ですから、極端なアルカリ性でなく中性に近い洗浄剤があれば、それは確実に肌に刺激が少ないことはわかります。中性の洗浄剤には液体ならアミノ酸洗浄剤などがあります。アミノ酸の洗浄剤は油とアルカリの反応物ではなく、サトウキビやトウモロコシなどを醗酵させたもの。時間がかかるのでせっけんより高価なものですが。ただし、このアミノ酸の洗浄力はせっけんより劣ります。あんまり汚れを落とすことにがんばらない方が、お肌にはいいってことなのかも知れません。
こうなると「天然」と呼ばれるせっけんはちょっと辛いことになる。アミノ酸はもう有名だけれども、天然の素材から合成したものでアミノ酸以外の洗浄剤もあります。ヤシ油から採ったり、ブドウから採ったり。人気のアグロナチュラのビオリーブスシリーズはシャボン草を遠心分離機にかけて抽出したもの。洗浄力の優れたもの、刺激が少ないのに洗浄力の充分なものが多くあります。

天然と合成、その違いはどんなことなんだろう...?

洗濯用洗剤のエコベールを例に取ると、その全てが植物性の物質から取り出したもの。それなのに、掛け合わせたり混ぜたりして、その性質を新しいものにしているために「合成洗剤」です。前述のアミノ酸洗浄剤は合成です。原料はサトウキビなどの植物。ヤシからとった油で作ったアルカノールアミドなどは合成。そして同じヤシ油からとってもヤシ油脂肪酸ナトリウム、ヤシ油脂肪酸カリウムは天然、つまりせっけんは固体も液体も天然という分け方になっています。嫌われ者の石油系の合成ももとを正せば天然資源です。
化学音痴の私はカタチが変化したら合成なのかなぁ、と思うとそうでもなくて、液体が固体になってもせっけんは天然と呼ばれるでしょう?我ながら化学知識のなさにがっくりします。英語では合成はmanmade。天然はnaturalだから、なんかもっとすっきりしていますね。しかし、manmadeとはいえ、その原材料はこの地球、もっと言えば宇宙に尊存在するものしか使えないというのも事実...。
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合成は悪者??

ゴーセノール物をあまり捨てない我が家には、昭和30年代の婦人雑誌があります。それを開いてみると、面白い広告が載っています。
いわく、ウールより軽い、シワにならないこれからの繊維!合成繊維の登場です!とか、割れない、もれないプラスチック製品!透き通った魅力、合成の素晴らしさとか、会社名も今あるのか、社名が変わったのか、日本合成株式会社なども出てくる。おもしろーい。 そうですね。ひと昔、ふた昔は水を入れて置く容器は陶器かガラスしかありませんでした。生ものは冷暗所に置き、少量づつ入手してたり作ったりして工夫していた。今でも東南アジアを旅するとコーラなんかをビニール袋に入れて持ち運んでる。おっ!これでいいんだなぁ、この位の使い方なら合成万歳かも知れないなーと再発見してみたり。逆に人々が「放って置けば腐るさ」とばかりにペットボトルを町外れの谷にどかどか捨てているのも見かける。おいおい腐るけど時間かかるぞー、きれいになるより汚くなる方が早いし長いぞーと知らせたくなったり。
ナイロン広告 宮本輝さんの小説の「流転の海」には名産品の蒲鉾をなんとか地方に販売したいと主人公がお金を出して大学の先生に合成保存料の研究をしてもらう、というくだりがあります。「保存料」これができて、初めて流通が可能になったのですね。そして地方の美味しいものが手に入る、流通が活発になる、情報が早くなる、そしてもっといいものができてくる、という結果。 そんなことをつらつらと思うと「合成」に罪はないじゃない、と感無量になってきちゃうのです。少なくとも、望まれて生まれたものでありました。いや、もちろんビタミンCやEで保存料の働きをしてもらう現在の方が望ましいのですよ。それにしても、合成に罪はなくって、その使い方を誤ったり、ずるいことをした会社が過去にあった、もっときちんと言えば、その無知や利益追求のやり過ぎに罪があるわけです。
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いつ、どう使う?せっけん

「せっけん」が好き。それは決まっているから、いつ使うか、何のために使うか、という事を考えてみます。
お金のことも環境への配慮も片隅にあって、楽しいことがまず必要なのが毎日の暮らし。すると化粧品としてのせっけんは肌のため、香りのため、泡立ちのために使うぞ、というのが基本になります。そして洗濯では 合成では不足の「汚れ落ち」力を補うために使う。
たくさん使ってたくさん垂れ流していいものはない、ということがわかってからは、そう考えるようになりました。
防腐剤や添加物も、現在では化粧品は全成分表示になりましたね。わかりにくくなった、という方もいます。以前は「指定成分」ということばがありました。表示義務指定のことですが、防腐剤、着色料、発泡剤、乳化剤、香料などを含んだもので、ひとつの目安として便利ではありました。けれど法律が、新しく発見された症例や複数の機能を持つ成分などが開発されるのに着いて行けてなかったのも確か。だから現在ではかつての指定成分も主成分も香料も同じようにベタで表示されています。その時、1%未満の成分は順不同になります。よけいに勉強が難しくなった感じはあるけれど、指定成分だからといって単純に毛嫌いすることができなくなったのは、より現実に即しているのかも知れません。
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何が悪い成分なんだろう?

この指定成分というのは、かつて無添加と言えば信用されるというシンプルな図式に「悪い」とされる役を買って出てくれていました。主に合成のものが多いし、大量に使うと刺激のあるものもあります。また、手作り化粧品などには入れません。冷蔵庫に保管して、混ざらない油と水を振って混ぜて使い、少ない泡で満足して、色の楽しみもあきらめるなら要らないものだからです。
でもね、肌荒れを起こす、ぶつぶつができる、というのは本当に人それぞれ。友人にホホバ油でぶつぶつが出る女性がいます。聞いた時びっくりしました。エタノールで涙目になる人もいます。この人は穏やかとされていたフェノキシエタノールという防腐剤兼乳化剤がダメ。天然であっても香料の内ダメなものがある人もいます。悪いものというのも、公害に対して規制ができた現在は、人それぞれであるということ。 これは自分を実験台にして調べるしかないのですね。そしてぴったりなものを見つける。長い旅です。あー、買い物って大変、と思っちゃうけれど。
そしてアレルギーテスト済み、という製品もある。けれどそれがダメな人もいる。うんと安物の方が断然ぴったりきたり。ショップではよくお話を伺って、最適と思えるものをお勧めするのですが、感想を教えてくださいねと付け足すのはその経験からです。
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何がよいものなんだろう?

そんなことから、このサイトのNaturalに書いてある「作る姿勢がナチュラルなこと」というのをメーカーの方に望んでいます。悪い成分というのは、立場により、人により判断しにくいことですが、「ずるいこと」というのはあります。「ウソ」もあります。そして人が作るのが「モノ」だから、その作り手の影響が少なかろうはずがない、と思う。正直によいと信じるものを作る、その正直さがますますよいものを磨きあげ、もっとよいものが見つかった時、心柔らかく取り入れて、更によりよいものを作る、それが素敵ではないかなぁと思います。それがなかなかに難しいのは、どんな道も一緒ですね。

サボンドマルセイユ

元祖せっけん、という感じがするサボンドマルセイユ。これせっけんに72%と刻印してあるものが多いです。この数字は実はせっけん全体の重量中、72%が油脂という意味です。この油脂の量、すなわちせっけん分です。残りは水分。もちろん製造、出荷時における数字で、いわば乾燥の状態を示します。この事実は誤解されていてマルセイユ市が特産品のオリーブをたくさん使ってあるという推奨品で決めたのかと思っている方が多いかも知れません。
せっけん ちょっと面白い話です。一昨年(2002年)私がイタリアのせっけん会社から洗濯せっけんを輸入する時に調べものをしていました。日本ではサボンドマルセイユってとても有名で、これはフランス語ですね。ところがイタリアのせっけん工場は、みんな「あれは元イタリア領であった」というようなことを言うのです。彼の地マルセイユはイタリア語でマルシッリアというのですが、つまり建国(統合)150年位しか経っていないイタリアでは、居留地と訳すのかな、むしろ誰のものでもない土地であったという認識。で、ソープやサボンはイタリア語でサポーネと言います。で、歴史と伝統、職人技を誇るイタリアとしてはせっけんの技術はイタリアが一番だ、なんたってあのマルシッリアから発祥したのだから、となるわけです。マルセイユと呼ばれるフランスの一部になって、さも口惜しそうでおかしい。
そう、サポネリアはせっけん屋という意味です。そして私が輸入している洗濯用の固形せっけんやソープフレークについている【Spuma di Ciampagna-MARSIGLIA】の意味はシャンパンの泡-マルセイユ、という意味になります。
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機械練り、枠練り

しかし、オリーブ油を指定したものでないとすると「サボンドマルセイユ」なら安心という信頼感は一体どこから来たのでしょう。実際にフランスの市場でも山積みに売られていて、その裸の状態は乾燥をますます促進していきます。カラカラになったサボンは溶けにくく、泡立ちもよく、とてもいい感じ。
そこで、信頼は伝統的な製法によって、ということになるのでしょうね。これはオリーブなどの油脂の配合したもの(もうここでは各社の研究努力に期待する感じです。)にソーダ=ナトリウム分を加えて、釜焚きし枠に入れて乾かしたものを切ってできあがり。
機械で練る必要がないので、素朴なごつごつした表情のものを選ぶと正直な作りだと言えるかも知れません。香りや添加物をプラスするとなると混ぜるために機械練りが必要になります。もちろん機械だからといって性質が劣るわけでなく、あくまでも平均にならすためで、悪いことは少しもありません。

コールドプロセスって何?

これは読んで字のごとく、低温のままでせっけん化(鹸化といいます)させたものをコールドプロセスソープと呼びます。オイルの性質がそのまま影響するのが特徴。釜焚きしたものと比較すると、当然グリセリンなどの抽出をしていないことになるので保湿力は期待できます。が、べたつきや溶けやすさ、泡立ちの物足りなさなどのデメリットもあります。保湿力のある釜焚きしたせっけんとの比較では、私自身はコールドプロセスのメリットが分かりづらいのが本音。どちらを選ぶかは、その時のお肌の状態によって、出会いの楽しみで決めるのがよさそうです。
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液体せっけん

リキッドせっけんシャンプーなどに代表される液体のせっけん、これは油をナトリウム(ソーダ)の代わりにカリウムでアルカリにしたもの。水分含有量が多いから、水溶けもよくて使いやすいですね。ただし水分含有量が多いという同じ理由で、泡を立てるには相当量使わなくてはなりません。そのために発泡剤など添加物を工夫している製品もありますが、そうでないものはナチュラルではあるけれど、使い過ぎで肌や髪を荒らさないようにご注意。肌に塗るような、せっけんで撫でるような感じで使いましょう。
ここで先程のサボンドマルセイユに戻るとサポネリアで扱っている液体ソープ、サボンドマルセイユリキッドはその油分含有が72%もないに決まっています。あれれ?の表示。サボンドマルセイユの信頼性って、今やそれくらいなのかしら?雰囲気でネーミングしてもいい位な...。(ただし、サボンドマルセイユという名を除けば品質は悪くありません。香料も天然由来。)これ、ちょっと疑問でした。私には良心が痛んでできないネーミングです。
そうそう、カリウムせっけんは水で薄めなければちょうど緩いゼリーのような半固体。1Kg位でPP包装されて販売している会社もありました。油を薬剤で固めたような感じですが、透明度が高く、水分が少ないだけ輸送コストも軽くなるし中々賢いもの。それを切ってボウルにでも入れ水で溶いて使います。濃度が自分なりに工夫できるのもいいですね。そしてその分の手間が、今はあまり流通していない理由かも知れません。

技術革新と自分革新

そもそも優れた合成の洗浄剤は、液体せっけんの「たくさん使わないと充分な洗浄力がない」「洗浄力が発揮できる量だと肌には強い、髪がきしむ」という矛盾と限界の解決のために進化してきたのかも知れません。或るいは洗濯用の粉石けんに競争できる品質で、より安いものを作ろうという努力から生まれて来たのかも知れない。
私も大好きなあのさっぱりした洗浄感、何にもついていないといった感じの洗い上がりの気持ちよさ。あれはアルカリ性のなせる技なのですね。1955年に美容の専門家が「アルカリを呈する、それで汚れも落ちる。せっけんの在り方を考えれば分かること。」と言ってるのに。それから50年!
私達って「物の使い方、物との付きあい方」を工夫するより「物の不足、不便」を追求して、誰かが作ってくれる、より便利な、より優れたものを探してきたのかな?それは一面進歩を促すいいことのようだけど、あんまりロマンティックだったり、素敵だったりしない気がする。なんだか、おまけに主体的でないような感じもします。うーん、明日からどんなふうに暮らしていったものか。やっぱりいろいろと試して、モノと自分を知っていくしかないのでしょうね。

この文章は2007年5月現在。新しいことを知ったり、思い直したりした時すぐには変更ができません。おや?と思われたらメールでお問い合わせください。知らないことが多い私です。教えて下さるととてもありがたいです
メール
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